ただの葬儀が嫌いな”ある理由”の話。

親戚のおばさんの葬儀に参加してきた。

 


数日前に「なんだか、会いたくなったから」と急にうちの母親の元に訪れ、母がとても不思議そうにしていたのだが、なんと、その次の日に不慮の事故で亡くなってしまったそうだ。

60代後半という年齢だったが、とても元気でまったく死を予感させない人物であったため、突然の訃報の知らせにとても驚いてしまった。

 

急に母の元に訪れたのは、いわゆる”虫の知らせ”というやつであろうか。

そういえば、数年前に、普段まったく掃除をしない友人のお爺ちゃんが、自分の使っていた部屋を急に綺麗に掃除し始め、友人が不思議に思っていたところ、それから数日後に突然、「あら、苦しいよう」と心臓の発作を起こして亡くなってしまうということがあった。


これも”虫の知らせ”というやつであろうか。

やはり、人間というものは、死が近づくと何かしらを感じる不思議な力というものがあるのだろう。

 

 


俺は葬儀が嫌いだ。

 

もちろん「いやー俺は葬儀が大好きで大好きで、もう葬儀って聞くだけで涎が止まらないんですよ」という葬儀好きな人のほうが珍しいだろう。

99%がユーモアとジョークで成り立っている俺にとっては、場違いすぎる重苦しい雰囲気が嫌いなこと、お焼香が嫌いなことなどなど、嫌いな理由は多々あれど、一番葬儀が嫌いな理由としては、”多くの親戚と顔を合わせなければならない”からである。


正月、お盆・・・そして葬儀、俺は、親戚が大勢集まる場所は大嫌いだ。

親戚というやつらは、とにかく人のプライベートの状況が、気になってしょうがない生き物のようである。

俺自身、30代という色々と厳しい年代に突入したこともあってか近頃は、

「最近、仕事はどうなんだ」

「出世はしたのか」

「結婚はしないのか」

「彼女はいないのか

といった人が気にしている質問を、なかなか鋭利な角度でバンバンと聞いてくる。

そんなことを聞かれても「ん~、どうでしょうwww」と、長嶋茂雄の定番モノマネのような返ししかできないのである。

 

親戚というやつらは、なんであんなにも遠慮がないのであろうか。

確かに、大した収入も得ていないことや、独身ということもあって、俺のことを色々と気にかけているのだろう。

しかし、だからと言ってなんでも聞いていいというわけではない、親しき仲にもなんちゃらである。

おかげさまで、赤ちゃんのお肌よりも繊細な俺のハートは毎回ボロボロだ。

 

そんなこともあって、故人を追悼したい気持ちは十分にあるものの、正直なところ、葬儀の前日から激しく気が重かった。

「葬儀いきたくない」

あまりにも行きたくなさすぎて、なんなら俺も昇天しそうな勢いであった。

 

 

 

葬儀会場に行くと、やはり親戚が大勢集まっていた。


親戚勢の顔ぶれは俺の知らぬ間に、結婚や出産などを経て以前よりも大分増えていて、
もはや誰なのかわからない人までいるほどになっていた。

「どうもどうも」と声をかけてくる人が誰なのかわからない。

「やあやあ」と気軽に声をかけてくる人まで誰なのかわからない。

かるい記憶喪失状態である。

そんなことがあってか、最初こそ、「はっはっは!」「はいはいはい!」と気前よく返事をしていたのだが、次第に「ふぁふぁふぁ・・・」「しぇいしぇいしぇい・・・」と、段々気力のない返事になっていった。

 

そんな状況を見かねたのか、母親が俺の元に颯爽と現れ、「あの人は〇〇ちゃんの夫で・・」「あの子は〇〇のお嫁さんで・・」と説明してくれたのだが、もはや覚えられるものではないな、と俺は早々に察した。


覚えようと思っても覚えられない。

takaはいつしか心の耳を封じることで無心へとなった・・・。

顔の表情は無へと化し、感情というものをすべて失わせたのだ。

もはや魂の抜け殻。

 

そのうちtakaは考えるのをやめた。

 

 

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その後、葬儀は粛々と行われ、最後に親戚一同での会席となった。

 

会席の会場には、寿司やら和食やら揚げ物やら、数々の食べ物がテーブルの上に、ところせましと置かれていた。

きっと、プライベートなことを聞かれるならばこのタイミングであろう。

俺は神経を最大限に澄ませ、周りの親戚どもの様子を伺った。

「あれ、なんかみんな俺に話しかけたそうにしてる・・・え、なにこの空気~」と、すぐさま感じた俺は、「これは、イート・イン・エスケープをつかうしかない」

そう決断した。

”イート・イン・エスケープ”とは、何もしていないで座っていると話を振られる恐れがあるため、目の前に出された食べ物をひたすら食いまくって、「俺は食事をしているので放っておいてください」という空気を出すことで、この場を逃げのびる、という能力のことである。

とにかく食う、食って、食って、食いまくるのだ。
俺は・・・腹ペコなサバンナのライオンだ!

そう言い聞かせることで俺の胃は、普段の5倍に膨れあがるのだ。

この能力のおかげで、大した話も振られることはなかったのだが、この能力を発動した代償は大きく、寿司が5貫乗った皿を7皿、計35貫食う羽目になった。
リアルに「もうお腹いっぱいでげふ」と、口にしたのはこれが初めてであった。


しかし、これだけではまだダメだ。

そう思った俺は、”ゴースト・イン・ザ・トイレ”も発動した。

 

これは、周りが仕事や結婚の話題をし始めたときに、まるで幽霊のように気配を消して、トイレに立つという能力である。

しかし、この能力はハイリスクな一面があり、事前にトイレの位置を把握しておかなければいけないことや、あまり使いすぎると「体調が悪いのかしら?」と周りから心配されることで、逆に注目を浴びてしまうなど、強力な能力の反面、かなり使いどころが難しい能力でもあるといっていいだろう。

 

俺はこの能力を5回発動した。

 


結果的にこの日は、この2つの能力を巧みに使うことで、わずらしい質問をされることなく逃げのびることができた。

「良かった、本当に良かった・・・」

無事に家に戻れたときには、その心の解放感からか、どっと疲れが出て2時間ほど寝てしまった。

しかし、今後、親戚たちの結婚、高齢化により葬儀、という機会が年々増えていくことは事実である。

とにかく顔を合わせる機会が増えることは間違いない。

今までの経験上、今回はたまたま運が良かった・・・と言うべきであろう。

 


「次に親戚が大勢集まるまでには、どうにか素晴らしい年収を手にして、素晴らしい彼女を手にしていなくては・・・」

俺はそう決断した。

しかし、決断を下したところで、年収も高くなることもなければ、彼女もできそうにないのだが、一体どうすればいいのであろか。

 

俺と親戚とのバトルは一生続いていきそうである。