ただの「松屋で働かないと命がないぞ」の話。

今日は、「松屋」で定食を食べた。

  

松屋」はいつ何時お店に行っても店員がセカセカと忙しそうにしている。

もちろん松屋といえば人気店であるし、忙しいのはわかる、わかるのだが、
むしろ誰が見ても忙しいとわかる仕事に、なぜ彼ら(彼女ら)はあえて就いたのか不思議である。


「将来は飲食店を経営したいから」「牛丼が死ぬほど好きで」と色々な理由はあるのだろうが、俺ならば両親を人質に捕らえられ、松屋で働かないと両親の命はないぞ」と言われても「えー」と働くことを躊躇してしまうことだろう。
それくらい見ていて、店員の人達は「大変そうだなあ」と思う。

ちなみにだが、水着姿の可愛い女の子が人質に取られていた場合にはすぐにでも働くつもりだ。
なんならば店舗の掛け持ちも可能である。

 


そんな忙しく働いている店員を見ながら定食を食べていると、向かい側の席に座っていたおじさんが突然、「箸がねーじゃねえかよ」と怒鳴り声をあげた。
どうやら補充をしていなかったようで、ケースの中に箸が一本も残っていなかったようだ。


店員の男性は「すいませんすいません」と謝っていたが、
おじさんは「なんだよ、俺に手で食えっていうのか!」とグチグチと言い出した。

他にも2,3人ほどお客さんがいたのだが、このおじさんの迫力に皆が”ぶるぶるぶる”と震え上がっているようであった。


「まったく・・・」


本来であれば俺は手に持っていた箸を置き、店員を助けるために、
「まあまあ」とすぐさまおじさんの所に行ってなだめることだろう。
もしかしたら暴力を振るわれるかもしれない、しかし俺は困った人を助けるためならば、時として己の拳を振りかざすことだって辞さない男だ。
それほどの正義感の強い男である。

近頃では近所の猫同士のケンカに「わんわん!」と犬のフリをして仲裁に入ったり、
ハトがスズメに襲い掛かっている現場を目撃した際には「キミ、やめたまえ!」と飛びながら止めに入るなど、今ではその正義感は人間界を飛び越え、動物界にまで進出しているほどだ。

 


そんな俺であるが、今回ばかりはこの場を見守ることにした。

正義感というものは、ただ簡単に振るえばいいというものではない。
”正義感”とは時と場合と人を見て、判断せねばらない非常に難しいものだ。

今回、俺が助けに入らなかった理由は、これを乗り越えることで、店員の彼がまた一歩、いや、二歩は”人として成長”できると思ったからである。
人生というものは大きな壁が必ずやってくるものだ、しかし大きいからと言ってその壁から逃げてしまうようではダメだ。
大きい壁もやりようによっては容易く壊すことができる・・・
そのことを理解し、そして壁を壊すことで”成長”というものを手に入れることができるのだ。

今回が、まさに彼にとってそのときなのである。
そんな大事な時に俺が邪魔をするわけにはいかない。

俺は「頑張れ」と、定食についてきた味噌汁よりも熱いエールを送った。


勘違いしないで欲しいが、俺はおじさんにビビっていたわけではない。
その証拠に、

 

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 と、落ち着いて友人に連絡をしたくらいだ。
いかなる状況でも落ち着いて状況判断することはとても大切なことである。

 

 

結局、奥から先輩のような人物が駆け付け、丁寧に謝った後、
「ごにょごにょ」と何かを言うと、おじさんは今までのことが嘘だったかのように静かになった。

 

 

何を言われたのだろう。


もしかしたら「静かにしないと松屋で働かせるぞ」とでも言われたのだろうか・・・。