ただの土手のカリスマ現る!の話

甥っ子と近くの土手に、桜を見に行った。

 


しかし「桜を見に」とは言っても、甥っ子はまだ3歳くらいなために、
桜を見たりすることに興味はないだろう。

そう考えた甥っ子思いの俺は「土手の斜面で滑り台遊びができるように」
小さめに切ったダンボールを数枚持っていくことにした。
なんという素晴らしい心遣いであろうか。

「takaさんは、甥っ子さん思いで優しいのですね、素敵です」
「甥っ子さんを大切にできる人は、きっと女性にも優しいはずです、素敵です」

今にも女性達からそんな声が聞こえてきそうである。


だが、この時、後にこの行動が、
一大ムーブメントを巻き起こすことになるとは、まだ知る由もなかったのであった・・・。

 


土手に着くと平日ということもあり、人が少ないかと思いきや、
やはり春休みということもあってか、大学生やら夫婦やら老人やらで、
思っていた以上に人が大勢いて、みなそれぞれに花見を楽しんでいた。


正直なところ、俺はあまり桜に興味はない。

興味自体はないのだが、昔見た「となりの山田くん」のアニメか漫画の中で、
お婆ちゃんが、桜を見ながら「この桜はあと何回見られるやろか・・」としみじみに言うシーンがあった。
そのシーンを見てからというもの、なぜだか「俺もあと何回桜を見れるんやろうか・・・」と考えるようになり、なるべく桜は見ておこうと、毎年必ず桜を見に行くようにしているのである。

その一方で、やはり甥っ子は桜に興味はまだないようであった。
おそらく、そんな甥っ子に「この桜はあと何回見られるやろか・・」と、
しみじみ言ったところで「しらない」と冷徹に言われるだけだ。

 


俺は甥っ子が飽き出す前に、さっそく用意してきたダンボールを取り出し、
このダンボールを使って、お前は土手の斜面を滑るんだ!という趣旨を説明した。

きっと楽しんでやってくれるだろうと思っていたのだが、最初のうちは
「こわいす、こわいす」と言って全然やろうとしてくれなかった。

普段ならば、フルチンで外に駆け出していくような強心臓の持ち主であるのだが、
さすがに人が大勢いることもあってか、緊張しているのであろう。
しかし、俺の「こわくないす、こわくないす」という説得の甲斐あってか、
しばらくすると周りの環境にも慣れ、キャッキャッと楽しんで何度も斜面を滑って遊ぶようになった。

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まさに計画通り。

 


ニコニコしながら、甥っ子が遊んでいる姿を眺めていると、
その様子を見ていたのであろう大学生らしき若者たちが、「僕らにもダンボールを譲ってもらえないか?」と声をかけてきた。

俺は甥っ子どころか、夢見る若き学生にも優しい男だ。
もちろん、快く数枚のダンボールを譲るとその若者たちもダンボールを使って斜面を滑り、遊びだした。


すると、またその様子を見ていたのであろう子供連れの夫婦が
「私達にもダンボールを・・・」と声をかけてきたので、甥っ子どころか子連れの夫婦にも優しい俺は、快く譲るとその夫婦の子供がダンボールを使って斜面を滑り、遊びだした。


そうこうしていると、またしてもその様子を見ていたのであろう子供連れの夫婦グループが
「もしよろしければ、私達にもダンボールを・・・・」と声をかけてきた。
甥っ子どころか子連れの夫婦グループにも優しい俺は・・・


そんなことを何度か繰り返しているうちに、いつしか気づけば土手にいるほとんどの人達が
俺が持ってきたダンボールで斜面を滑って遊んでいる、という一大ムーブメントを作り出していた。


ここに”土手のカリスマ”の誕生である。


きっとこの時にでも「土手の斜面を滑って遊ぶダンボールレンタル屋さん」でも営んでいたのならば、
とんでもない儲けになったことであろう、悔やむばかりである。


しかしながら、その様子を土手の上から眺めると、
まるで自分がこの一帯を征服したかのような不思議な達成感に満たされた。


調子に乗った俺は、風で桜が舞い散る中、

「まるで皆が、俺の手のひらの上で転がっているようだな・・・」

そうボスキャラのようなセリフを吐いたとか吐いてないだとか・・・

その真実は、そう、散りゆく桜のみが知るという。