ただのいえ、結構ですんでの話。

平日の昼だというのに、今日は電車がやけに混んでいた。

 

学生たちが春休みにでも入ったのだろうか。

そういえば、大学生の頃は夏休みと冬休みが共に2か月ほどあり、春休みが1か月くらいあった記憶がある。


つまり1年間で5か月は休み、ということだ。
大学在学期間の4年間をトータルすると、20か月も休みがあったわけである。
つまり大学にしっかり通っていたのは、実質、2年間あまり。

おそらく、しっかりとした学生ならばこの長きに渡る休みを、
勉強だったり、アルバイトだったり、サークル活動だったりと、
有意義なキャンパスライフに費やすのだろう。

しかし、俺はこの休みの間に何をしていたのか、さっぱり記憶がない。


女性関係もなければ、学業にも励まず、サークル活動には一切加担しなかった俺のことである。
きっと、暗いジメジメした部屋で、体育座りをしながら、じっと過ごし、
腹が空けば、四つ角の溜まったホコリでも、ずっと食べているような生活をしていたのであろう。

「なるほど、だから俺の大学生活は一瞬だった気がするんだ」

などと考えながら、電車に揺られ座っていたところ、途中の駅でお婆さんが乗ってきた。


年齢は70~80くらいだろうか。
毒蝮的にいう「くたばれ、クソババア!」くらいのお婆さんである。


ここでは、口が酸っぱくなるほど言っているが、俺は”心の優しい男”だ。
老若男女はおろか、その優しさは人間を通り越し、今では鳩にまで優しい男である。


そんなあまりにも優しい俺は、そのお婆さんを見て、

”こんな混んでいる電車に、お婆さんを立たせておくわけにはいかない”と直感的にそう思った。

周りの奴らは、寝ている振りや、気づいてない振りをして誤魔化しているようであったが、
心の優しい俺にはそんなことができるわけがない。

「見て見ぬ振りをするのが一番の悪だ」


生憎、そのお婆さんも俺の近くに立っている。

俺はスッと、席を立ちあがり、お婆さんに声をかけた。

「よかったら、どうぞ」

そのスマートで優しい心遣いに、その一部始終を見ていた多くの女性たちが
「素敵・・」とブラジャーのホックを外しかけたことだろう。


良いことをするというのはとても気持ちがいことである。

 


しかし、お婆さんからは、予想外の答えが返ってきた。


「いえ、結構ですんで」


まさか、”席を譲る”ことを断られるとは、思ってもなかった。

正直、電車のガタゴト揺れる音で、「結構ですんで」以外はなんと言っていたのか、しっかり聞こえなかったのだが、
もしかしたら「お前が座っていた席は、ビショビショしてそうだから、結構ですんで」と言ったのかもしれない。

俺はショックというよりも、断られたことが、とても恥ずかしかった。
すぐさま、その場から立ち去りたい、
首が入るものならば、今すぐつり革で首をくくりたい、と思った。


屈辱。


俺は今まで味わったことのないような、恥ずかしい気持ちに耐えることができず、
え、いや、ぬふふふふふふふふふwwww」と気持ち悪い返事をした後、
まったく用事のない次の駅で下車したのであった。